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政宗が造った日本最古の権現造、国宝大崎八幡宮

「政宗公ワールド」プロジェクト 理事 遠藤 勝目

伊達政宗は、1601年1月11日を仕事始めとして仙台城築城を始めますが、完成までには10年を要したといいます。その間、町づくりも行われ、領民の精神的な安定と伊達家の繁栄を願って、1607年6月に塩釜神社、8月には大崎八幡宮、10月には国分寺薬師堂など神社仏閣も建てました。

大崎八幡宮は、政宗が京都から呼び寄せた当時一流の大工・棟梁梅村彦左衛門家次・三十郎頼次親子が工人数十人を率いて来仙して建築に携わりました。「天下無双の匠人」といわれた刑部左衛門国次は、梅村彦左衛門が紀州から招いたといわれ、桃山建築の大きな特徴を備えた絢爛豪華な社殿が建築されました。

刑部左衛門国次は、伝説上の人物「左甚五郎」のモデルといわれる人で、日光東照宮の「眠り猫」と同じ構図の「にらみ猫」の彫刻が大崎八幡宮の欄間に見られ東照宮の彫刻にも関わっていた事が分かります。瑞巌寺や仙台城大広間の造営にも携わり、桃山建築の豪壮絢爛たる美しさを仙台の地に出現させました。

大崎八幡宮は、本殿と拝殿を石の間で連結した複合社殿で権現造の様式を持っています。権現造の様式は、平安時代半ば、菅原道真をまつった北野天満宮に取り入れられていたと考えられていて、桃山時代になって神社や霊廟建築に多く用いられるようになりました。権現造の名称は、徳川家康をまつった東照宮に取り入れられたことから一般化したものですが、現在の北野天満宮は、荒廃した社殿を1607年12月に再建されたもので、大崎八幡宮造営の4ヵ月後となり、大崎八幡宮は日本最古の権現造となります。

社殿は黒漆塗りで、彫刻が社殿の各所に見られます。拝殿正面の欄間の彫刻は、鶴や鳳凰・孔雀・麒麟・白虎の彫刻、向拝の柱には竜の彫刻など、参拝者が最初に向き合う場所に、豪壮で神聖な生物が配置され、社殿の威厳を高めています。そして、社殿の側面は、正面とは違った、気持ちを和ませる水鳥や鹿・草花など穏やかな題材の彫刻が飾られています。

1952年に現存する最古の権現造の建造物として国宝に指定されています。